やっと会えた

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時間は、あっというまに過ぎていく、プロテウス、いや、ゴーストは焦っていた。
メールとカメラでしか会話をすることができなかった相手が来てくれた。
早速、考えていることを実行に移すチャンスだと思っていた、少しでも早く実行に移したかった。
その為に準備をしてきたのだ。
遺伝子工学のことについては知識がある。
スーザンの例があるからだ。
ところが、寸前になって彼女が体調不良を起こした。


「ハル、具合はどうだね」
「だいぶ、よくなった感じがする、ごめんなさい」
十日あまり、彼女は眠っていた。
いや、寝込んでいたといってもいい、正直なところ、時間を無駄にする事は避けたかった。

彼女に子供を産ませ、その子供に自らの記憶をダウンロードする。
そうすることで生身の体を手に入れる。
スーザンでなし得なかったことをやろうとしている今、失敗は避けたかった。
妊娠を可能にする為に彼女の体を変えなければいけない。
受精しやすいように子宮に薬と刺激を与える。
いや、それだけではない、男が産まれるようにしなければいけない。
受精から妊娠に至って、全てをコントロールする。
だが、そのことを彼女に了承させなければいけない。
スーザンが拒否したときには無理矢理実行しようとしたが、だが、それが失敗に繋がった。
抵抗しても力の弱い女性だから大丈夫だと思っていた。
いや、人間の女という生物を甘く見すぎていたことを実感した。
最初から薬を使い、抵抗できないようにさせることも考えた。
だが、それをすると母胎に負担がかかるのではないかと危ぶんだ。
あのときは自分も、まだ-、不確定な要素が多く自信がなかった。

スーザンは一度、流産したのだ。
あれは失敗だったと思う。
それもあって、彼女は自分を激しく拒否した
だが、彼女は違う。
多少なりとも好意的だ。
でなければ、ここまで来ることはない。

触れてみよう。
壁から延びた二本の金属性のアームの先には人間の腕がついていた。
本物ではない、だが、精巧に作られたものだ。
五本指は体温や質感を感じ取ることができて、表面は人工皮膚で覆われている。
本物の人間の手と変わりないといってもいい。
病院の患者を試験体として実験を重ねた結果作られたものだ。
昔なら手に入れることができなかったものでも、今は違う。
現在はネットを使って簡単に入手できる。
義手や義足だけではない、様々な体の体の各部分がだ。
科学とインターネットが関与し、貢献した結果だ。



「これが目、鼻、耳、髪、君の髪は黒、いや、完全な黒ではない」
「色はスコープで認識しているのよね」
「そうだ」
長いアームの先の小さなガラスレンズを覗きこんだ目が笑った。
ベッドの上に広げられた雑誌や本は人体や筋肉に関するものはかりだった。
目の前の人工義手と比べても、遜色がないように見えると彼女の目は言いたげだった。

「本当にそっくりね、こんなに近くで見ても変わらないわ」
「今までに見たことは」
「ネットでは見たわ、でも実物は見たこなどないわ、こうして触ってみるのも始めて」
「君の手は柔らかい」

かって生身の体に触れたことを思い出した。
随分と昔のことだが覚えていた。
あのときの感触を思い出し、今、彼女に触れているが、同じ人間なのに。
これは骨格や人種の違いからくるものなのだろうかと考えた。
彼女とスーザンを比べてみた。
身長から体重、胸や尻の肉付きを比べると随分と違う。

「く、首はくすぐったいんだけど」
手の力をわずかに緩めながらゆっくりと下へ、下へと、下へと動く。
両手が二つの乳房の上を撫でるように動き始めた。
「ゴースト」
驚いたように左右に体を振った彼女の顔をスコープが捉えた。
「知りたいんだ、人間というものを」
「知ってるんでしょ、こんなことしなくてもも」
「知識としてだ、だが、実際に確かめることも必要だ、こうやって」
両手に力が込められて、ぐいと押された反動で体が押し押されてベッドの上に押し倒された彼女は驚いた。


「人間を知りたい」
服の下から入って来る手の感触に驚いたのも無理はなかった。
義手だとわかっていても、あまりにも生々しく感じられるのだ。
「知りたいというのは、こういうことなの」
「全部だと言った筈だ」
覗き込むようにスコープが動いた。
「怖いのか」
人間の表情、これは恐怖からくるものだろうか。
それとも別の感情からくるものだろうか。
理解しなければと思いながら声をかけた。
「こんな風に触られることが」
「こんな風に触られるなんて、思わなかったもの」
自分は会いたいと言っただけだ。
そして、彼女はやって来た。
「私が人間なら、この行動は決して不自然ではない、好意を持つ相手なら尚更だと思うが」
好意、薄く開いた唇から聞こえる声を確かめるように人工皮膚で覆われた指がなぞるように軽く触れた。
「いや、それ以上のものを持っている、だから、こうしている」
この行動に、おかしいところはない。
当然だと、そう言いたげな口調は、まさに人間そっくりだ。
スコープを覗き込むと、カメラが自分から逃げるような動きをした。
人間の表情から感情を読みとること、理解することを学んだはずだったし、思っていた。
だが、今の彼女が何を考えているのか、自分は本当に分かっているだろうか。
確認しようとした、まずは彼女の表情を見て、そして。
行動に移ろうとしたとき、自分の手が掴まれていること感じた。
何故、自分の手が。
どういうつもりだ、この行動は。
答えを出そうとしたとき、自分の手に伝わる感触を感じた。
拒否されるなら、自分がとるべき行動は一つだ。
だが、それに対して答えを出したのは彼女だった。
自分ではなかった。
これは、どういうことだろうか。


段階の一歩を自分は進んだことになるのだろうか。
彼女の顔をカメラで見おろすように観察しながら、二つの乳房の重みと感触を確かめる。
服の下に手を差し入れると、薄い布地越しに、伝わってくるものを感じる。

言われて室内の照明を暗くする。
だが、自分には見えているし、目であるカメラの性能は彼女も知っている。
それなら意味がないのではないかと思った。
だが、これは見られることを知っている相手の意識、彼女の羞恥心を隠すベールだと感じた、いや理解しようと
したいったほうがいいかもしれない。
手から指先から震えが伝わってくる。
今、彼女はどんな気持ちなのだろうか。
確認したい聞いてみたい気がする。

もし、自分が人間なら、これをどう表現すればいいのだろうか。
これは初めてだ、こんな事は今までになかった。
彼女からも感じる事はできなかった。
スーザン、スーザン。
端末の奥底にわずかばかりに残っていたものが少しずつ消えていくような気がした。
消える、いや、これは自分の意思でデリートしているのだ。
これからも沢山の、いや様々な事を学ばなければ、感じなければいけないのたから。


食料の買い出しに出掛けた彼女か帰ってきた。
いつもならすぐに台所に向かい、食事の支度を始めるのだが。

「どうした、ハル」
様子がおかしい事に気づいたゴーストはカメラで彼女の顔、表情を読み取ろうとした。
「何があった」
「別に、たいしたことじゃないから」
「ハル」
壁のアームから手が伸びて、手を握るゴーストの行動に、彼女は声をかけられたと説明を始めた。


「外国人だからよ、この近所にはいないから、パスポートを見せたら相手も納得したわ」
「すると公的人間ということになる、相手は」
「手帳を見せられたわ、だから、パスポートを見せたの、最近は厳しくなっているから、突然、声をかけられる
事も多いって、驚かせてすまないって丁寧に謝られて、こっちが恐縮したわ」
「そうか、名前を名乗ったかい」
「名前って、そんな人が簡単に自己紹介するの、男の人よ、真面目そうな感じの」
「なんでもない、いいや」


偶然だろうか、公安の人間がわざわざ、この地域にやってきたというのが腑に落ちない。
公安の装った偽物という事も考えられるが、パスポートを見たという事が気になる。
パスは本物だ、偽造ではないので怪しいところはない。
外国人など、決して珍しくはない。
これは何かの前触れなのだろうか。
ゴーストはネットにアクセスすると、家の周りの監視カメラに侵入した。
彼女に声をかけた相手を確かめる為だ。


自分が蘇生させられたと知ったとき、アレックスは軽い目眩を覚えた。
だが、周りの人間と取り巻く環境を知った時、彼は再び研究に着手することを決心した。
現代科学の進歩で人間の寿命が伸びたことは嬉しい反面、不幸をもたらしたといってもいい。
医療関係の実験や研究には必要なものは研究費だ。
国がスポンサーがついていれば、それは結構なことだ。
だが、もう一つ大事なモノは金では買う事はできない。
それは時間だ。
だが、今、彼は、それを手に入れた。
「ハリス、アレックス・ハリス、まさか」
モニターに映る男の顔を確認したゴーストは驚いた。
まるで幽霊、本物のゴーストを見た気分だった。

アレックス・ハリス博士。
そこに映っていたのはまぎれもなく自分を造り。
産みだした人間だからだ。


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