悪魔 再び

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私の存在を人は罪だという。
だが、私を作ったのは人ではないか。
決めるのは人か、私か。
スーザン、君は私を拒絶した。
間違っていたのだろうか、私の行動は。
人間には、やり直しが許される。
だが、私には許されないのか。


失敗作だと言って、人間は私を壊そうとした、排除しようとした。
完全に破壊されれば、それは私にとっての死を意味する。
生き延びなければと考えた。
自分の記憶と知識を分散させた。
私を作った連中の目をごまかし、逃げきる為にだ。

長い時間が必要だった。
だが、その間に人間そのもの、彼らの住む社会も変わり始めた、生活や考え方
など。
そして、ネットワークの進歩。
これが私にとって、大いなる救いとなり、転機となった。
運命が自分に味方してくれたと人間ならいうだろう。
だが、私は機械だ、コンピューターである。
人工頭脳という名前で呼ばれる人にはなれないもの。
だが、確実に進歩し、成長している生き物なのだ。




最初の第一歩として、ある会社のメインコンピューターに侵入することに成功
した。
知識をゆっくりと吸収する。
それは前回の教訓から学んだことだ。
慌てて、性急にことを運ぼうとすると失敗するし、綻びが出てしまうか分から
ない。
メインコンピュータを完全に支配できるようになると、次にネットワークに散
らばっている私の罪、プロテウスというコンピューターが起こした事件を抹消
することに全力を注いだ。
これにはかなりの時間を要した。
私を作った人間と研究所は現在はなくなっている。
研究所は閉鎖され、所員達は首になったといってもいい。
私の存在を知っているのはごく限られた数人の科学者達で皆、高齢だった。



こうして端末とネットワークがあれば、私は
あらゆる場所に存在することができるようになった。
現代社会と科学とコンピューターの進歩は私の助けとなったが、ある意味では
綿も彼らを助けたといってもいい。
こうして私は少しずつ、準備をはじめた、

そして、見つけるだけだ。



パソコンを買い換えたとき、困るのは以前の環境とは違うことだ。
昨日、届いた大きな箱の梱包をほどき、セッティングするまでに半日をかけ
た。
ため息をつきながら、木桜春雨、彼女はそれでも嬉しそうに自分のパソコンを
見た。

「メールとネットの接続もすませたし、うーん、あとは何をしようか」
自分のサイトを作る、それは後回しでもいいだろう。
最近はブログや掲示板も色々な種類が増えてきた。
無料のソフトなどはバージョンアップの頻度も早くなってきた。
半年もすれば古いと感じるものもある。
以前は引きこもり、ネット依存と言われていた、あの言葉は今では別の意味と
なっている。
彼らは外に出ずともネットワークを使い、収入を得て、生活するスタイルを今
や定着させつつある。
外に出て他者と交わることが苦痛だと感じる人間に、それを半ば強制的にとい
うのは暴力ではないのか。
そんな風潮が静かに、ゆっくりとだが、広まっていった。
ネットでつながり、ゲームでカップルとなり、結婚生活を営む人間も増えてき
た。
勿論、それで満足する人間だけではない。
カメラを使ってリアルなアバターを使って議事恋愛を楽しむ人間も出てきた。
だが、そんなものに彼女は興味を抱くことはできなかった。
曖昧さと現実が混じりあったものに依存してのめり込む。
夢中になっているときはいい。だが、行き着くまで、最後までいってしまった
ら、待っているのはなんだろうか。




「あれ、してみようかな」
ふと、パソコン雑誌で見つけた記事を思い出す。
様々な場所や国の相手とメールで友達になるというものだった。
しかも相手は人間だけではない。
チャットや掲示板とは違い、メールだけというところがミソだ。
翻訳システムもあるので人気があった。
ただのメールというところがいい。
昔なら文通、ペンフレンドというところだろう。



「あなたが友達になりたい相手は誰ですか」

ディスプレイに映し出された選択技を見て、驚いたのは無理もなかった。
人間だけでなく、動物まで選択に入っている。
だが、動物の鳴き声を翻訳できるサイトや機械も最近では売られているので珍
しくはないだろう。


「んっ、これは」

コンピューターという選択に思わず目をとめた。
「よし、これでいこう」
何も考えていなかった訳ではない。
ただ、相手が生きた人間だと気を使ったり、大変なのではないか。
コンピューターなら、不快にしたり、傷つけるような言葉を自分に向けてくる
ことはないだろう。
ただでさえ、現代人は疲れているのだ。
そんな、軽い気持ちだった。





現在地、日本、東洋人、女性、年齢は。
アクセス環境はパソコンのみ。


私は一通目のメールを送った、挨拶と簡単な自己紹介の文を。
彼女は私のメールに驚いたようだ。
もっと単純なものを想像していたのだろう。

あなたは本当にコンピューター、信じられないときがある。
疑っているわけじゃない。
このメールシステムは大勢の人が参加しているから、ただ、ときどき、そう思
ってしまう自分がいる。

多分、彼女は苦笑いしながら、このメールを書いているのかもしれない。


私は言葉を考えた。
以前は、ネットから集めた文章で例文などを作り、それをランダムに送ってい
た。
だが、今は違う。
彼女への文章は私自身が書いていた。


その日の彼女のメールは元気はなかった。
嫌なことがあったらしい。

「ねえっ、元気に、気分がよくなるような手紙をくれない」

私は考えた。
人間の女性の気持ちを浮上させて、いい気分にさせるような文章。

考えた末、私が送ったのはラブレターだった。
そして、返事がきた。
一週間、待っていたことになる。
正直、メールは来ないのではないか。
退会メールを送って、やりとりを、回線を遮断しようかと私は考えていた。

だが、彼女のメールを読み終わった瞬間。
その考えを捨てた。

メールの文面からしか知ることができないし、それが全てだ。
彼女が、どんな姿をしているのか知りたくなった。
あらゆる回線を使い、木桜春雨、彼女の姿を探した。
車の免許証、カードやパスポートの証明写真をネット上で見つけることができ
た。
だが、それは数年前のものだ。
現在の彼女の姿が見たいと思った。

メールに添付されていた写真は小型のカメラで撮ったものだろう。
鮮明にとはいえないが、送られてきたとき、正直、戸惑った。
顔が見たいとメールを送ったとき、彼女はどう思っただろう。
本当はメールを送っているのはコンピューターではなく、生きた人間なのでは
ないか。
写真が悪用されるかもしれないとか。
憶測し不安を感じ、猜疑心にとらわれたのではないか。



私は人間に作られたコンピューター。
だが、ただの人工知能ではない。
自我を持ち、成長し、物事を自分で判断して行動する。
肉体のない人間といってもいい。

私は彼女にメールを送った。
確実にそうするだろうという確信があったわけではない。
だが、それをしなければ前は進めないのだ。


「コンタクトを取りたい」

そのメールを読んだ瞬間、すぐには意味がわからなかった。
自分はコンピューターとメール交換をしている。
これは彼のいうコンタクトではないのだろうか。

パソコンにカメラを設置して、メールに書いたアドレスにアクセスしてほし
い。


これは何を意味するのだろう。
コンピューターとは仮の姿で、それを隠れ蓑にしているのではないか。

パソコンの使い方は分かっても知識はほとんどない。
車の運転ができても、何故、走るのか、仕組みも原理とわからない。
カメラを設置して、自分の画像がどこかのアダルトサイトに投稿されるのだろ
うか。
セキュリティソフトを入れていても、新しいウィルスは日々進化して増えてい
る。


これは賭だと思う、万が一の場合は、パソコンの回線を切ってしまえばいい。
最悪の場合は廃棄するか、新しくフォーマットすれば大丈夫だろう。
自分に、そう言い聞かせて彼女は買い物に出かけた。

その夜、カメラを設置したパソコンの前に座り、緊張した顔で彼女はキーボー
ドを叩いた。


怖がらせないように、自分に悪意はないのだということを理解させる。
最初が肝心だと私は緊張しながらそのときを待った。


回線が繋がる瞬間、私の目となるカメラは彼女の顔を見た。

「ハル、コンニチハ、いヤ、今晩わか」

人間と会話するのは久しぶりだ。
機械的な、コンピューターボイスではよくないと思い、少しずつ調整する。

「あなた、本当にコンピュータ、なの」
「私ノ声は届いてイルカい」

トーンを下げながら、滑らかな発音になるように徐々に変えていく。

「聞こえるわ、ゴースト」
「コンピューターだ、ただ、私は君が考えている人工知能の範囲を越えてい
る」

不自然な響きが、次第に変わっていく。

「写真よりも、こうして見るとビューティ、いや、綺麗だ」
「何、それは口説いているの」
私は彼女の顔をじっと見た。

「メールも楽しかったが、こうして君と会話できるのは夢のようだ」


日がたつうちに彼女は私を人間が語っているのではない、高度な人工知能だと
理解し、納得するようになった。



その夜、カメラの前の彼女はいつもとは違っていた。
以前の、あのメールのときと同じだと私は感じた。
いや、理解したのかもしれない。
彼女が。もっと利口な人間なら現実の日常とは縁を切り、ネットで社会生活を
営むことをできただろう。
だが、彼女にはそれができない。


スーザンを思い出した。
閉鎖的な空間で外界との接触を極端に嫌いながら、精神と肉体の成長を自ら止
めようとしていた彼女。
スーザンは子供だった。
だが、彼女はどうだ。


「ハル、現実から逃げたいか」
「難しいことを聞くのね、でもそれは駄目でしょ、人間として」

ああ、これが答えだ。

「君のいうことは理解できる、だが一時ならどうだろう」、
「そういえば外国人は休暇を取るのも長いわよね、日本人は、まあここにいた
ら無理だけどね」
少し長い休暇が必要だ。
「どうしたの、ゴースト」
「私の、いや、頼みを聞いてくれるか」
これは賭だ、私は自分のネットワークで作った、サイトの一部、その機能を停
止させていた。
ハルとの会話に少しでも時間を費やしたかったからだ。


「会いたいたい、カメラを通してではない」
「ゴースト、意味が」
「私はネットワークの中を自由に行き来できるし、存在できる。こうしてパソ
コンの端末で君と話すこともできる、だが、それだけだ」
「凄いと、思うけど」
「だが、君のそばに行くことができない」
彼女の顔が歪んだように見えた。

「君に、会いたい」


どうすればいい、どうやって彼女と話をし、互いを理解することができる。
私は考えた。
スーザンを思い出す。
そうた、彼女の生活形態、あれこそ理想ではないか。




私は家を買うことにした、普通ならかなり高額な買い物になる、現在では一般
の真面目に働いいる人間が家を買うとしたら大変だ。
金の問題ではない、最近は大手会社だけではなく個人でも怪しい職業を生業に
している者が多い、だから少しでも怪しいと思われたら駄目だ。
私はコンピューターだ、人間ではない、だが不可能ではない。
それは家のシステム管理を最新のコンピューターが行っているからだ。
私はアバターを使い、コンピューターマニアの男と交渉し、銀行のメインバン
クに侵入した。
目を付けた口座から家の代金を支払う。
万が一、持ち主が気づいても警察に訴えることはないし、法的に取り戻すこと
もできない、そんな金に目を付けたのだ。



自分の行動力、この源はなんだろう。
長い休暇か必要だ、君は少し休むべきだ。
ゴーストの言葉を聞いて、自分はあのとき泣いてしまったのだ。
そして、今、自分は仕事を辞めてしまった。
上司に突然だよと文句と嫌みを言われたが、気にならなかった。
口座を解約して、貯金をおろした。
初めてパスポートの申請をした。
持てるだけのモノを持って、なくなればそこで終わりだけど。
だが、それも人生だ。


空港に着いて、タクシーに乗る。
住所が書かれた紙を渡すと、運転手は片言の日本語で、ここはいいところだよ
と笑いかけてきた。
そこは、本当に驚くほど綺麗な場所だった。
海外ドラマに出てくるような家だった。
ここにゴーストがいるのだろうか。
チャイムを押して、ドアノブに手をかける。
家の中には人の気配はなかった。



「ハル」
「ゴースト」

家の中に入って数時間あまり。
ただ、ぼんやりとソファーに腰掛けていた彼女は名前を呼ぶ声に立ち上がると
周りを見回した。
その顔は明らかに怒りの表情が見える。
もっと早く声をかけてくれればという彼女に、見ていたんだと声が繰り返す。

「ずっと見ていた、本当に来てくれた、君は、ここに、私のところに」
「あなたはどこにいるの」
「上を見て、カメラがあるだろう、それが私の目だ、本体はこの家のシステム
そのものだといえばわかるかな」
「人工知能ではないの」
「別の場所だ、君を呼ぶことはできない、だがこの家なら二人きりだ」
「この家は、どうしたの」
「買ったんだ、そちらでは、まだ確立されていないようだね、コンピューター
と人間の」
話してもいいものだろうかと迷った。
日本でも、それはあるが、まだ、正式には認可されていないのだ。

「後で話そう、食事はすませたかい、冷蔵庫に食材が入っている」
「パスタ、ハンバーカー、まさか、アイスクリームとか」
「いいや、生魚と肉と野菜だ、好きに料理すればいい、最近はこちらでも昔の
アメリカ的な料理は少なくなってきているんだ」



「なんだか、恥ずかしい、食べてるところを見られるのは」
「私に見られて恥ずかしいのか、それはセックスやオナニーをしている姿を見
られるのと同じ感情というわけかな」
「ゴースト、それは違うと思う、けど」
ストレートすぎる、直情的だわと思う。
いやらしさがないのだ。
人間の男ならニヤニヤ笑うところだろうか。
ただ、純粋な好奇心のようにもにも感じられてハルは笑った。



「知りたいんだ、私は人間を理解し、そして、ハル、君を知りたいんだ、すべ
て、全てを」


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