大学教授とチンパンジー

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人と動物の違いは何だと思うね、教授から質問されたとき、すくには答えることができなかった。
 知能の高さ、種の起源、言語の違い、色々とありすぎるのだ。


 フィリップ教授に、声をかけられたとき、シェレンは驚いた、学校を卒業した彼女は勉強を続けたいと思いがあり、大学に戻ってきた。
 日々の生活はバイトでまかなっている、若い頃なら掛け持ちも苦にらない
が、今は少し息切れがすると感じていた。
 学生の中には自分のことを教師だと勘違いする生徒もいる、貫禄がついてきたというべきだろう、正直、それを心から喜べない自分がいた。


「君の今のバイトをやめるわけにはいいかないのかね」
 待遇と給料に満足しているかと聞かれたら返事に困るが、考えた末、彼女は決断を下した、期間は一ヶ月間の住み込み。
 家の中の掃除や研究の手伝いをして欲しい、空いた時間は自由にしてくれていいというので、正直、悪い待遇ではない。
 迷う選択などない、こうして彼女は教授の家で一ヶ月の住み込みで働くことになったのだが、このときは何も知らなかった。
 いや知らされていなかったというべきだろう。



 掃除や実験器具の片付け、頼まれた本や薬を会に行ったりと、少しずつ、仕
事に慣れてきた、そして、一週間が過ぎたとき。
 明日、息子が帰ってくる、教授の嬉しそうな声に彼女は驚いた。
 一人で暮らしていたと思ったからだ、他人がいると息子さんは居心地がよく
ないのではないかと考えた、自分は家にいないほうがいいのではないかと考え
た。
 だが、気にする事はないと言われて、翌日帰ってきたという息子を見て彼女
は驚いた。

「彼がリンクだ、私の息子といってもいい、仲良くしてくれたまえ」
 紹介されたのは人間ではなく、一匹のチンパンジーだった。
 猿という生き物を動物園で見たことはあるし、チンパンジーを知らないワケ
ではない、だが、間近で見ると、こんなにも大きいのかと驚いた。

「リンク、紹介しよう、彼女はシェレンだ、家の中のことを色々とやってく
れている、挨拶しなさい」
 するとチンパンジーはゆっくりと右手を伸ばしてきた。

 賢い猿だとは知っていた、だが、リンクは彼女の想像を遙かに越えていた。
 服を着て、ナイフやフォーク、スプーンを使い、椅子に座って食事をする。
 その姿は人間のように見える。


「リンクは賢いだろう」
「教授が、彼に教えたんですか」
「ああ、元々は研究対象、実験動物としてだが、私の家で暮らすようになっ
てからは息子同然といってもいい」
「確かに普通の猿やチンパンジーと比べるとそうかもしれませんが」

 正直、ある違和感を感じていた。


 ある日のことだった。
 今のソファーに腰掛けて、まるで人間のようにテレビを見ているリンクの姿
を見て、シェレンは驚いた。
 それは子供向けの教育番組だ、理解できるのだろうかと思わずにいられなか
った。
 自分が部屋に入ってもリンクは、じっとテレビの画面に釘付けだった。

 怖い、リンクが、何故、そんなことを思ったのか。

「最近、おまえはテレビをよく見るそうじゃないか、どうしたんだ」
 夕食の席で教授が話し始めた、以前は、おもちゃの積み木やパズルなどで遊
んだり、飛び出す絵本を閉じたり、開いたりすることばかりしていたのに。
「成長しているんだな」
 そういえば、リンクは何歳なのだろうか。
「類人猿の寿命は普通の生き物と比べる長いだろうが、個体差もある、オウムなどは長生きするだろう、そして、おとなしく見えるだろうが、チンパンジーは子殺しや成人した雄同士での殺しあいも珍しいことではない」
 話を聞いてるうちに、そういえばリンクが怒ったところを見たことがないことに気づいた。
「ある意味、リンクは異端的な存在だ、曲芸や見せ物小屋で代われている彼
らは人間と暮らすことで野生には戻れないのだ」
「リンクもですか」
「今頃になって悔やんでも遅すぎる、以前は怒ることもあったのだ、だが、
私が怪我をしてからは怒ることもなくなった」
 足を骨折したんだ、チンパンジーの力、腕力は人間の成人男性などよりも遙
かに勝っていると教授は笑った。
「私に何かあれば、自分が一人だとわかっているのだ、この子は賢い」
 リンクはチンパンジーという外見をしているが、猿という生き物、種族ではないのだ。
 確かに、ここ最近のリンクは日を買いまくっていますとおうごとに変わっていく。
子供の成長は早いなどとよくいうが、類人猿は人に近いという。
 あの有名なオリバーは47だ、人と1個違うだけだったとき、世間はどれほど驚いたか。
「リンク」
 居間の掃除をしようと部屋に入るとリンクはいつものようにソファーに座っていた。
 だが、テレビを見ているわけではなかった。
「何をしているの」
 ちらりと見ると本を読んでいる、本当に人間そっくりだと思わずにはいられなかった。
 覗きこんだシェレンの目が一瞬釘付けになった。
「そんな本、読むのはやめなさい」
 だが、彼は本を離そうとはしないし、顔を上げようともしない。
 突然、手首を掴まれてぐいと引っ張られた。
 隣に座れと言っているのだ。
 一体、どこからこんな本を持ってきたのだろうか、まさか教授が。
 そんなことを思っていると。

 ぐにょり、その感触にシェレンは驚いた。
 自分の片方の乳房の上にリンクの手が置かれていたのだ。
 やめなさいと叫んだつもりだったが、声が出なかった、同時に、ぐいっと乳房の上の手に力を込められた。
 その瞬間、彼女は慌てて立ち上がった。


 偶然だと自分に言い聞かせた、猿が人間に欲情などするわけがない。
 獣と人間が交尾する、獣姦なら理解できるし、知識としては知っている。
 だが、それは人間が自分の欲望を満たす為に行うものだ。
軍隊や過疎の僻地や抑圧された場所で性のはけ口に動物を使う話は、昔からよくあることだ。
 けれど、リンクは。

 まだ、あの本を読んでいるのだろうか。
 教授に聞いたほうがいいだろうか。
 あの本は。
 教授はリンクの成長と理解力に、とても関心を抱いている。
 実験動物だが、息子同然の愛情をもって接しているのだ。

 その日、帰りが遅くなるからと教授は夕方から出かけた。
 家の中には二人きりだった。
 夕食をすませると教授は出かけていった。
 リンクと二人、二人、いや、一匹ではないか。
 言葉にできない感情、これは不安というものだろうか。
 何故なのかからない。

「そろそろ寝なさい」
 時計を見ながらシェレンは声をかけた、十時を過ぎている、休ませないとい
けない。
 リンクはソファーに腰掛けて机の上に広げたノートにクレヨンで絵を描いていた、子供の落書きのような絵だ。
 それを見たシェレンは、ほっとした。
 少し前まで感じていた不安がわずかに和らぐ、自分は神経異質に過敏になり過ぎているのではないかと思った。

「部屋に行きましょう、リンク」
 手を差し出すと、毛に覆われた手も応えるように伸びてきた。
 だが、それが求めるものは。


 状況が理解できなかった。
 自分の体がソファーに深く埋まってしまったのは重さのせいだ。
 なんの、重さ、それは一匹のチンパンジーの重さだ。
 どかそうとしても雄のチンパンジーの体重は成人男性と変わらないのだ。
 簡単にどかせるものではない。


 自分の二つの乳房の上に置かれた手に力が込められた。
 驚きで声が出ない、いや、恐怖の為だろうか。
 ぐいぐいと力が込められる感触に、やめなさいと言おうとした、そのとき、ドアの開く音がした。



「リンク」
 自分を呼ぶ声に乳房の上に置かれていた手の動きが止まった。
「もっと優しくだ、ゆっくりとだ」
 何を言っているのだろう。
 わけがわからないまま、驚く自分に、教授は、にっこりと笑いかけた。
「リンク、ゆっくりと触ってごらん、おまえならできる、ちゃんと学習した
だろう、ゆっくりとスロー、スローに触ってごらん」

 その言葉に乳房の上の手が動き始めた。
 先ほどは、ぐいっと掴みかかってきた力強さではない。
 撫でるように、ゆっくり、ゆっくりと。
「知的好奇心を満たしてやってくれ、シェレン、そう、君も知りたいだろう」
「何を」
「私の命令でリンクは君の首の骨をへし折ることもできる、少しだけだ」
 抵抗しないほうがいいと言っているのだ。
「ほら、リンク、続けなさい」


 服の上から撫でてくる、その異質な感触から逃げたい、そう思っているの
に、声か出そうになる。
 いや、それ以上、触らないで胸を、そんな風に触らないで、そうでないと感
じてしまう。
 いきそうになってしまう。
「おしまいだ、リンク」

 自分の胸の上の手の感触がなくなったとき、ほっとしたのだろうか、それとも恐怖を感じたのだろうか。
 翌日、シェレンは自分のアパートに帰っていった。

 約束の一ヶ月まで十日ほど残っていた。


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